親父
2003年4月2日俺達兄弟は、みんな親父にトラウマが有る。
とにかく、恐ろしかった。
木刀で打ち据える。
コタツのテーブルで打ち据える。
顔の形が変わってしまう程、ゲンコツで打ち据える。
姉ちゃんたち、女にも容赦無かった。
半端じゃなかった。
特に俺は、一緒に暮し始めたのは14歳の時だし、
おまけにグレていたし、
“お前はっ!お前はっ!俺がっ!俺がっ!親の責任として殺すっ!”
親父は涙を流しながら、何度も打ち据えた。
止めに入る兄弟や、お袋まで殴る。
ガキの頃、ウチの親父は狂っていると思っていた。
お袋に、何で別れないのかと何度も問うた。
でも結局、今も親父とお袋は一緒に居る。
親父は、数年前大病を患い、肝臓の3分の2を切り取った。
痩せ細り、別人の様になった。
優しくなった。
俺の一つ上の姉が未婚の母になり、
孫がいつも家に居る事も優しくなった原因だろう。
年に数日しか実家に寄り付かない俺に、一つ上の姉から電話。
“4月の1日と2日開けておいてね”
“解った”
何事かと思っていたら、温泉宿に行こうと言う。
親父とお袋、姉ちゃんとその息子、そして俺。
当初は、親父とお袋を、姉ちゃんが誘っただけだったらしいが、
親父が俺を呼べと言ったらしい。
親父の癌は再発したらしい。
熊本の長閑な温泉宿へ。
酒を飲めなくなった親父が、今夜は随分飲んでいる。
身体に良い訳は無いんだが、酔おうとしているようだ。
随分久しぶりに、親父と露天風呂に入る。
露天風呂には、俺達親子しか居なかった。
親父は目を閉じて、打たせ湯にあたっている。
下を向いたまま、ポツポツと親父が喋り出す。
“お前には悪い事をした・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何も知らないお前に・・・寂しい思いをずーっとさせた・・・
・・・お前を捨てた訳じゃ無い・・・可愛く無い訳が無い・・・。
・・・・・・全部俺が悪い・・・母さんは何も悪く無い・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・お前に言っておきたかった”
親父は頭から湯をかぶり続けながら、話している。
声が、震えて聞こえた。
“親父。親はさ、大人の目線で子供を見るから、
寂しかっただろうとか、悲しかっただろうとか、
想像するんだろうけど、
何も知らなきゃ、寂しがりようが無いよ。
その事を知った時だって、別に恨みはしなかったよ。
俺がグレたのは、その事のせいじゃ無いよ。
楽しかったからだよ。親父のせいじゃ無い”
“・・・そうか・・・”
“そんな昔の事は、もう、良いんだよ。親父”
“・・・・・・・・・”
“俺も、親父が苦しんでいた時の歳になったんだよ”
“・・・・・・・・・”
“波乱万丈で楽しいよ、俺の人生は”
“・・・・・・・・・”
“・・・・・・・・・”
“俺が死んだら、サブちゃんかけてくれ”
“死にゃあしねぇよ”
“あの、帰ろかな帰るのよそうかなって奴”
“・・・・・・・・・・・・・・・・・・解った”
“たまには顔出せ”
“・・・・・・・・・・・・・・・・・・解った”
なんか、
涙が出た。
安心しろよ。親父。
俺ぁ、あんたの息子さ。
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